□ ノースペシメン
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Win版からプレステ版/アニメ版になって、オープニング曲が「Brand New Heart」から「Feeling Heart」に変わりました。 これは18禁作品から一般作品になったとかいう以上に作品にとって大きな変革だったと思います。
(もちろん実情として当初からボーカルのあっこ氏が表に出ない条件だったとか、せっかく新しい作品なんだから主題歌CDSという関連商品で稼がないといけないとか、そんなことは置いといて)

Win版のToHeartは元々 "Leaf Visual Novel" シリーズの第3弾としてリリースされました。シリーズ後発のToHeartは主人公のユーザー名登録機能・マップ移動概念・パラメータ的に機能する(?)フラグという付加的な要素を取り入れてシステムを一新し、あたかも恋愛シミュレーションゲームの殻を被った作品となりましたが、根本的には前シリーズの要素、思想や雰囲気を色濃く受け継ぐノベルであるわけです。

たとえば同シリーズ最初の「雫(しずく)」という作品の重要なタームとして「電波」が挙げられます。距離や障碍を乗り越えて想いが届くという実に甘美な概念です。この電波という概念は偶然の出会いという日常の中での選択を迫るToHeartにそぐわないかもしれませんが、このオープニング曲の歌詞にくっきりと痕跡を残しています。なんせ「君に届け テレパシー♪」ですからストレートですよね。ゲームを数回クリアしてプレイしてみるとよくわかりますが、以前にクリアし、幸せな結末を迎えた女の子達はまた悩みや絶望を抱えた元の生活に戻って再び主人公と出会います。同じ言葉、同じしぐさ、しかしそこに僕達は彼女らが発している救いを求める強烈な声を感じずにはいられないでしょう。それが電波です。Win版の「Brand New Heart」にはその事実が歌詞として明確に刻まれています。繰り返しプレイされ、繰り返し同じ女の子達に出会うゲームだからこそ、その甘美な想いに耽ることができるのです(「雫」では繰り返し同じシナリオを進行することが読み解く為に重要な行為となっていますが、ToHeartではこの明示的なシナリオ改変機構をユーザー側の受け取り方の変化に委ねているように思います)。

さて、プレステ版/アニメ版の「Feeling Heart」ですが、「偶然がいくつもかさなりあって あなたと出会って恋に落ちた♪」。偶然の出会いですから、いきなり電波否定ですか。「Forever You're My Only Feeling Heart♪」、英語は意味がよくわかんないんですが、日常の一回性というか、現実における選択の重み、選択の結果の永遠性という方向に振ってきているようです。困りましたね。もちろん電波という概念はファンタジーなんですからアニメ版の現実的路線にそぐわないことは承知しています。Win版の電波が同じ時間の繰り返しといういわば非日常的行為によってようやく生じるものならば、逆に現実の日常を顧みてみれば、その中で迫られている選択の重要性に回帰するという意味で電波は否定されねばならないものなのかもしれません。だったら電波を失った僕達は引き換えに何を得るというのでしょうか。

この機会に、もう一度電波とは何か、考えてみましょう。もちろんテレパシーというのは僕の知っている現実には存在していないけれども、似たような経験は誰にでもあるでしょう。オカルト体験とかではなく。僕達は誰かに向かって届かない想いを発していることはないでしょうか。そりゃありますよね。言葉や態度に示さないとわかってはもらえないんだけど、だったら結果的には発していないのと同じなんだけど、それでも発しているつもりの想い。もしかしたら届くかもしれなくて、偶然にも相手に届いたかのように見えることもある想い。それが電波でしょう。受け取る側の立場で考えると、電波とは、察し、思いやり、勘繰り、強迫、日常の選択の自由意志に影響するものすべて。言外の言葉や視線や雰囲気で気づくこともあるでしょう。多くの場合、こちらの勝手な誤解だったり思い過ごしだったりするけど。僕達が誰かの想いに気づかないことって、いったいどれくらいあるのかな。電波があって僕達はそれを受信することもできる、というのと同じくらい甘美でロマンチックな考えかもしれませんね。


プレステ版/アニメ版のToHeartがオープニング曲の変更によって変革したのは電波についてのマインドセットの転回かもしれません。電波は多くの場合、誰にも受け取られることなく空を飛び交っている。それを誰にも気づかれない秘めた思いがあると言い換えただけかな。結局同じ結論なのかもしれませんけど。

特にファンタジー路線を徹底排除しているアニメ版では届かない思いの方に重点が置かれているのかもしれません。主観側に観客が置かれているとあたかも一心同体の主人公もまた同様に電波/想いに気づくかのように思えてしまうけれど、俯瞰の立場に置かれることで観客は誰にも届かない電波/想いがそこにあることを知ることができる、ということかもしれませんね。

うーん、そうするとプレステ版とアニメ版でオープニング曲を共用することに若干のねじれを感じますね(オレの論旨のねじれか(笑))。単純にWin版に存在していた電波という「言葉」を捨てた、ということかな。個人的にはプレステ版も「Brand New Heart」でいって欲しかったんだけども(結局それが言いたかったんかい)。あ、そうそう、プレステ版でも本命のあかりシナリオの山場ではキッチリと「Brand New Heart」のインスト版がかかるのでした。ツボついてるねえ。・・・・ん?でもあかりシナリオだったら「Feeling Heart」の方が合ってる気がしないでもない・・・


さて、本題のアニメ版ToHeartオープニング曲としての「Feeling Heart」についてですが・・・えと、疲れたのでこのへんで。







参考の為に「Brand New Heart」の歌詞を引用します。(「Feeling Heart」はCDS買ってやんなさい)

Brand New Heart
作詞:NEKO/作編曲:中上和英/歌:あっこ

Brand New Heart 今ここから始まる
ムネのなかの 鼓動が 聞こえる
Come To Heart 可能性を信じて
君におくる テレパシー

それなりの 悩みも 抱いて 迷いも消えなくて
この惑星のうえで なにか求め探し続けて・・・

耳を澄ませば 教えてくれたね
痛みも 悲しみも すべてなくしてくれる Oh キセキ

Brand New Heart 蒼い惑星にうまれて
夢のような 世界が広がる
Far Away 澄んだ空の向こうの
君に届け! テレパシー

(以上原文ママ)
(注:"惑星" は "ほし" と読みます。リーフしてますね。)


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