いつまでも終わらない呪文を唱える芹香の姿に、綾香は深いため息をついた。魔法でなにを証明するというのか。ふたりが信じあっていることか。それとも信じていれば魔法が叶えられることか。
「どうしてあなたたちは欲しいものを欲しいと言わないの」 その一言を胸に秘めておくことなんて、自分の心からあふれ出てくる想いを信じないでおくことなんて、できるのだろうか。綾香にはどうすることもできない。こんな風に壊れていく愛もあるのか。 耐え切れず綾香はその場を立ち去り、ふたりから目をそらすように曇天を見上げた。綾香の背に向かって浩之の叫びが投げかけられる ――― この空はオレが晴らす、必ず ――― 男はいつも、できもしないことを言う。「必ずおまえを幸せにする」嘘だ、あなたみたいな腰抜けになにができるっての。思い上がりもほどほどにして。幸せにするなんて、絶対嘘だ ―――― わたしはあなたのために傷ついてもいいと思っているのよ。わたしがどうすれば幸せになるのかも知らないくせに。 そのとき、不意に現れた雲の切れ間に一筋、星が流れた。さらにふたつ、みっつと続いていくきらめきが綾香のひとみをとらえた。街明かりを映す低く鬱蒼とした雲のわずかな隙間に、その光景はあった。綾香は、はっと息を呑む。星が流れた、そうふたりに伝えようと思った。この奇蹟を待ち望んでいるふたりに。 今にも泣きだしそうな空の下、ふたりは、みつめあい、寄り添っていた。互いの姿以外は他になにも目に入らないというように。 ほんとうはずっと不安だった。もう一度、芹香の口から答えを聞きたかった。 「やっぱり、雲の向こうはオレには見えない。そこで何が起こっているのか、教えてほしいんだ」 「わたしは、あなたが好きです。だから、そこにはたくさんの星が流れています。だから、わたしを抱きしめてほしい・・・」 芹香の声がオレの耳をうった。まるで悲鳴のようだった。すぐそこにあるくちびるから発せられているのに、それでもオレには遠いと思った。 「願いは叶うよ、だから、もう ・・・」 そこに芹香がいた。嬉しいときの顔をしていた。なんでオレはそんなこともわからなかったんだろう。抱きしめた。強く、もう二度と離さないように。ついに降り出した雨はオレ達の肩を濡らし続けた。 前に戻る | はじめに戻る |