「来るのよ、姉さん。浩之さんが待ってるわ」
屋敷の奥から綾香が戻ってきた。なにやら声を荒げているようだ。 「・・・・・・・」 芹香は ――― 肩で風を切って歩みよってくる綾香の陰に隠れるように ――― ぐいぐいと手をひかれて姿を見せた芹香はあたかも囚人のようだった。うつむいたその表情からはなにひとつうかがい知ることはできなかった。オレは絶望ってやつがどういうものなのか想像がついた。 「わたしは自分が欲しいものを欲しいと言い、奪ってでも手に入れるわ。姉さんにできるならそうしてもいいし ・・・ できるならそうすべきだと思う。こんどの騒ぎでわたしは、来栖川や、姉さんにも迷惑をかけてしまったけど、すべてを救うことなんかできないの。それがなにもしないことであれ、そんな選択肢はどこにもないのよ」 芹香とオレを河原まで連れ出すと、綾香は大きな岩の上に立ってえっへんと胸をそらし、腰に手をあてて、交互に指さしながら説教をはじめた。 「でも芹香にはそんなこと・・・」 やはりオレが誰かのせいにしているんだろうか。綾香の? 綾香のことを思っている芹香の? いや違う。 「わかってるわよ。わたしは姉さんにも幸せになって欲しい、だから協力はする。自分がなにをしたか、なにをしなかったか、考えてみることね。あなたはほんとうはなにが怖いの?来栖川が怖いの?」 それともオレ自身の無力さが? 綾香みたいに強くないから? オレが強ければと諦めてしまうことが? 「願いごとはひとつしか叶わないの。だから一生懸命考えるの。なにを願ったらいいのか、どうすればほんとうの願いが叶うのか、いつもそれだけを考えていないとだめなの。わたしの願いごとはあなたの望みと同じではないのよ」 オレは ・・・ 芹香に会えなくなることが怖い ・・・ ずっと怖かったのに。芹香にとってなにがそんなに信じられるものなのか、いつからそんなものがオレの中にあったのか。 「今のあなたに姉さんが手に入るかしら。なにも見えていないんじゃなくって?どうなの、姉さんは。どうしたいの?この男にどうしてもらいたいの?」 芹香はうつむいて綾香の袖をつかみ、くいくいひっぱった。 「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」 「え?、今夜魔法で星を降らせる、ですって? ・・・ わたしの想いの数だけ ・・・ そうしたら、浩之さんに、わたしの願いを叶えてほしい?」 こくんこくん、と芹香は頷く。 「 ・・・ 姉さんはまだそんなこと言ってるの」 なんで芹香はオレに言わないんだろう。どうすればいいんだろう。 「オレ、信じるよ、芹香を信じるよ」 自分の言葉なのにひどく虚ろに聞こえる。芹香の心にもそう響いてしまうんだろうか。自分の想いも芹香の想いもそこにあるのに、なにを信じられないことがあるというのか、オレにはわからなかった。 河原の砂地に描いた魔法陣の上に立ち、芹香は呪文を唱えはじめた。オレにはその表情が、決意に満ちたものにも見え、また悲しげでもあると感じる。ともすればオレを責めているようにも見えてくる ――― オレの中の芹香は、オレの信じる心によってふしぎな輝きを増し、そしてオレはまちがいなく彼女を信じていた。ふたりの愛の実体として魔法があるというなら、それをふたりが信じているのに足りないものがあるのなら、いったいなんだろう。願わくばオレの声が、この空を覆う雲の向こうに、届きますように。 前に戻る | 次に進む |