「カムヒア!セリオーッ!」
腕時計に向かって綾香がなにやら叫ぶ。数秒の時間が凍りついたところで、背後からぬっと見覚えのあるメイドロボが顔を出した。セリオといえばたしか新型でとびきりの高級機だ。フル装備ならそれこそ芹香の豪華なリムジンに勝るとも劣らないくらいの値段だろう。こいつはずっと綾香のあとをつけてきてたんだろうか。金持ちってすごいなあ。 「セリオ、月は出ているか」 「― アヤカ様、関東地方の今夜のお天気は曇りときどき雨。降水確率は四十パーセントです。なお今宵は新月にござりまする。よって月はほとんど見えませぬ」 な、突然なにを言い出すんだこいつらは。複雑な事情がありそうだが聞かないでおこう。 「もう、使えないわね!じゃあアレでいきましょう。雷の子らよ、チャージ!」 「― ラジャー。コード確認。近接格闘戦用プラグインを導入しています ・・・ しばらくお待ちください ・・・ 最適化をしています ・・・ 再起動完了。暖気を開始します。半径二メートル以内に近づかないでください」 ビシ、ズバ、ザザーッ。ドッカーン。 ―― どうしてこんなに大きな音が? 「うわ、あぶない!」 突き出された拳があやうくよろけたオレの耳のそばをかすめる。 「― バトルセリオン、推参!」 「なんだっていきなり踊り出したんだ。びっくりするじゃないか」 ビビるのもシャクなので平静を装って文句をつけると綾香は憤慨して意固地に説明した。 「踊りじゃなくって決めポーズ!腕をこう、交差させて、ばっと開いてぐっと突きを入れて。と、とにかくこうやって格闘戦用セリオにモードチェンジしたの。いくわよ、セリオ!」 「― イエッサー、アヤカ。セリオ、ゴー!」 そして綾香とメイドロボとオレの三人はダッシュで大通りにとび出すと、手を上げてタクシーを拾った。うーむ。セリオが車に変形できたらカッコよかったのだが ・・・。 屋敷に到着すると、綾香は小銭をジャラジャラさせてタクシー代を払い、きっちり領収書を受け取った。思わず耳を疑ったが、オレに対して「ワリカンね」と言ったらしい。見るとセリオもそそくさと財布を取り出していた。お嬢様でも家を飛び出すといろいろ大変なのかもしれない。賞金とかギャラとかいくらでもありそうなのだが。 いつもながら来栖川の本屋敷はすごい警備だ。門のセキュリティシステムはセリオがすっと指を挿し込むだけで騙すことができたようだが、そのうち人間がやってくる ・・・ 綾香によると、どうやらセリオ自身はこの屋敷の所有物らしい。てっきり綾香の私物だと思い込んでいたが、そうではなかったのか。 「は〜い、夜分ご苦労様。わたしよ。姉さんいる?ちょっと外で話があるんだけど」 「あ、綾香様!・・・いえ、たとえ綾香お嬢様でもここから先は」 「あらそう。わたしだからよけいダメなんじゃないの?」 「ええまあ。それはそうですね」 若い方の警備員はポリポリと頭をかきながらつぶやいた。正直な人だなあ。 「カッチーン。セリオ、やっておしまい」 「― オーケィ、アヤカ。では失礼いたします」 ドス、バキ、グシャ。 「はぅっ!」 「ぐうう・・・」 「痛い、痛いよう」 「ママ、ママ、助けて ・・・・」 これはひどい ・・・。 「さすがセリオ。わたしが仕込んだだけのことはあるわね」 「綾香、ロボットって人を傷つけちゃいけないんじゃないのか」 アシモフのロボット三原則とかいうのをガキの頃に読んだような ・・・ 少なくとも市販のメイドロボは人間様に対してこんなむごい仕打ちはできないと思うぞ。 「いいのよ。セリオはわたしとの友情に応えてくれただけだもの。わたしと模擬試合するときはこんなぬるい拳じゃないわよ。リミッタ外してかかってくるから。市販品でも、サングラスに黒服とか、いかにもあやしげな男は自己判断でやっちゃっていいことになってるの。でないと護身用に使えないじゃない」 そういうものなのか ・・・ 近頃のメイドロボって案外あぶない機械なのかもしれないな。 前に戻る | 次に進む |