「そうそう、あなたよあなた。藤田さんだっけ?」
葵ちゃんをメロメロに溶かした指先がオレの眉間に突きたてられる。一歩踏み出せばめりめりと刺さってしまいそうな迫力にひるみつつ、 「ああ、そうだよ。オレが藤田浩之だっ」 綾香がえらそうなので思わず対抗してしまう。カラいばりのオレと違って、こいつはマジでえらいやつなのはわかってるんだけど。 「あなた、姉さんのことどう思ってんの?あきらめてしまうの?」 いきなり核心突いてきやがった。ほんと情け容赦ないのな。 「もうおまえには関係ねえだろ。誰があきらめるって言ったんだよ」 今の綾香には関係ない、あってはいけないような気がする。 「そりゃそうよね、あなたみたいな弱っちい男に姉さんを守れるはずないもの。あなた、自分でそう思ってるもの」 んなこと言ってるんじゃないだろ。人の話を聞けよ。 「・・・わたしのせいだって、知ってるんでしょ」 急に悪びれたような綾香の言葉に、オレは一瞬本気でキレそうになった。 「誰かのせいじゃねえ。誰かが幸せになるのが悪いことなわけねえだろ!」 どうしてオレが人のせいにしなきゃいけないんだ?そんな風に思われているのか? 「ふん、あなたもあの人と同じようなこと言うのね」 ついと横を向き、吐き捨てるように綾香はつぶやいた。あの人って、もしかして ・・・ 。 「なんだよそれ ・・・ おまえ、姉貴にもそんなこと言ったのか」 芹香ならそう言うに決まってる、だからこそオレは自分でなんとかしなきゃいけないのに。 「彼よ、彼!わたしのダンナ。あなたと同じ、物怖じしない人かと思ったらハッタリ。いざとなったらただの腰抜けよ」 オレの勘違いに気づいたのか、綾香はあわてて早口でまくしたてる。 「腰抜けで悪かったな」 志保の言葉を思い出した。オレみたいなやつ、だろ。 「・・・ 日本に来て、姉さんと会って、驚いたわ。ずっと離れて暮らしていたのに、まるで双子みたいにそっくりだったもの。まわりの人には、いえ、姉さんにも伝わらなかったのかもしれないけど。・・・ わたし、それ以来ずっと決めてた。姉さんの行けないところに行って、いろんなものを見て、姉さんに教えてあげるの。姉さんにはできないことをして ・・・ 姉さんの代わりに ・・・ わたしが。ずっと、そう、思ってきたの ・・・ でも」 「自分のために犠牲になったから、だから今度は妹の自分が、っていうのは違うと思うぜ。高校の頃は結構やりたい放題やってたしな」 端からみてると一見おとなしいが我慢とか遠慮とかそういうんじゃない。妙に押しは強いし手段は選ばない、気が向くままに行動するところは妹と同じだったのかもしれない。 「あなたのせいよ ・・・ ショックだったわ。姉さんにはもう好きな男がいて、そいつは、とても ・・・ その ・・・ もう、バカみたい。まったく、わたしってば何様のつもりだったのかしら。おまけに自分まで似たような男つかまえて喜んでたのよ」 なにがオレのせいかはわからないが ・・・ 気のせいか顔が赤い。こんな綾香を見るのははじめてだが、もしかしてそれがオレのせいなんだろうか。 「よかったじゃん。おめでとう」 またオレの勝手な勘違いかもしれない、だからもう綾香にはこれ以上言うべき言葉がない。 「・・・ わかってないかもしれないけど、姉さんとあなたは黙認されてたの。わたしがいるもの。でも彼は ――― なんのとりえもないふつうの会社員よ。来栖川の経営者として有能さを求められることも天才美少女格闘家の夫として世間の期待を集めることも怖がっているの。わたしは彼が欲しいから彼の世界から奪った。それだけよ。わたしの幸せが叶わなければなんにもならないもの」 そのとき芹香との壁に見えたのは口うるさい庇護者だけだった。だからその壁をいとも簡単に乗り越える綾香がなお囚われている檻のことはわからない。 ――― にしてもこいつは自分で天才だの美少女だの言うかな。 「だったらもういいじゃないか」 芹香の愛する彼女らに甘えるのはもう終わりだ。自分で考えていかなくちゃいけない、そう思う。しかし、綾香ははじめから決めていたようにオレの手を強くつかんだ。 「来なさい。姉さんに会わせてあげる」 前に戻る | 次に進む |