Share Heart 02 : 葵ちゃんのチケットの巻

「先輩!」
 駅の入口を走り抜けようとしていたオレの背後から元気な女の子の声が聞こえてきた。オレはゆく道トロくさいあかりを気遣うフリをして油断させ、直前のダッシュでジュースをゲットする作戦だった(なんてヤツだ)。声はオレのスピードに負けず、だんだんと近づいてくるようだ。
「呼ばれてるの、浩之ちゃんみたいだよ。ほら、高校の制服の子」
 息を切らせてハァハァいってるあかりの言葉につられて振り向くと、小柄な女の子がずざざーっとスライディングしてきた。この子は、ええと、
「あ、葵ちゃん」
「松原さん?」
「はい! おひさしぶりです、藤田先輩 ・・・ と、神岸先輩」
 松原葵ちゃんは、オレたちが卒業した高校の後輩だ。彼女は一年のとき、格闘技のクラブを作ろうと熱心に勧誘活動をしていたが、ひっかかったのはオレだけだった。そのオレも肝心のクラブはサボリ気味でほとんど上達しなかった。できれば葵ちゃんの練習相手にでもなれればよかったのだが。悪いことしたなあと思ってる。
「卒業式以来だね。今、三年だっけ。で、オレになんか用なの」
 冷たい言い方だったかな。あのとき自分が葵ちゃんの力になれなかったことで、今でもうしろめたいところがある。その気分がどこかよそよそしい態度になって表れてしまう。
「はい! あの、先輩、おいそぎでしょうか」
「いや、ぜんぜん」
 なぜ走っていたかは恥ずかしいので葵ちゃんには言わないでおこう。
「実はわたし、この秋のエクストリームに出られることが決まったんです。で、藤田先輩にも」
 それで追いかけてきたのか。葵ちゃんはあれだけの勢いで走ってきたのに、息が上がっていない。オレは二年の終わり頃までたまにクラブに顔を出していたけど、練習はハードなものだった。実際、すぐにネを上げてしまったのだから。
「よかったじゃん、おめでとう。オレ、応援するよ ・・・ ってソレ、どこでやってるんだっけ?ゴメン、なにも知らなくて」
 あー、なんか調子いいこと言って失敗しちゃったか。
「ありがとうございます! それで、実は、決勝大会が来週ドームで開催されるんですけど、それで、その、これ!」
 そう言うと葵ちゃんは大きな封筒を差し出した。
「オレに?いいのこれ」
 分厚いパンフレットに、チケットも入ってるみたいだ。妙に豪華な封筒で、クルスガワと書いてある ―― 来栖川 ―――― 。
「えと、きのう、綾香さんに送っていただいたんです。ギリギリになっちゃったんですけど、よかったら ・・・ 神岸先輩もよかったらごいっしょに」
 チケットは、なぜか二枚入っていた。綾香が余分に入れたんだろう。
「わかった、ありがとう。オレ、ぜったい応援にいくよ」
「ありがとうございます先輩! わたし、燃えてるんです! 去年はずっと試合を見てるだけだったんですけど、今度はわたしも綾香さんと闘えるかもしれないんです」
 綾香ってのは、いとしの芹香お嬢様の妹君だ。あいつも来栖川のお嬢様なのだが、葵ちゃんの憧れの人でもある。格闘家としての綾香の姿は話に聞くだけでよくは知らないのだが。
「わたし、待ってるって言われたんです!ちょっと時間がかかっちゃったんですけど」
 ―― そう、あれは修学旅行から帰ってきたときのことだ。おみやげをもってクラブを訪れてみると、あちこちキズだらけの葵ちゃんが練習していた。詳しい経緯はわからないが、なんでも空手の先輩と私闘をして、負けてしまったらしい。直前の無茶な特訓で体調を崩してしまったのだ。葵ちゃんは、なによりも実力を出しきれず惨めに敗北する姿を綾香に見られたことが恥ずかしく、くやしかった、と教えてくれた。葵ちゃんはよろこんでくれたが木彫りの熊は少し気まずかった。――― それ以来、綾香には、何度か練習の仕方についてアドバイスを受け、励まされてきたのだという。
「がんばってね、松原さん」
 いつものようにあかりが愛想よくにっこり微笑む。その無邪気な態度になぜか居心地悪く感じたオレは、あわててつけたすように言ってしまった。
「お、おう、がんばれよ、葵ちゃん」
 オレはなんとなくこの言葉を発しかねていた。葵ちゃんはいつもがんばっているんだし、なさけない先輩のオレが激励するというのもおこがましいような気がしたからだ。でもやっぱり、これでいくばくかでも彼女を元気づけられるなら、彼女の力になれるなら、すぐに出てきてもいい言葉だった。
「ええ、見ててください、先輩。じゃ、わたし、練習があるので、失礼します。おいそがしいところすみませんでした」
 ぺこりと頭を下げて、葵ちゃんはもときた道を走り去っていった。いそがしいのは葵ちゃんの方だよな。それにくらべてオレは ・・・ えと、なんで走ってたんだっけ。
「浩之ちゃん、わたしもついていっていい?」
 さっそくうれしそうにあかりが聞いてきた。チケットは余分にもらったからべつにいいけど、それってデートかなんかということになるのかな。
「やっぱダメだ。あかり、格闘技って全然わかんないじゃん。いっても楽しくないぞ」
 オレも素人同然だからよくわかんないんだけどさ。
「松原さんの応援でしょ。せっかくチケットもらったんだし、大勢の方がいいよー」
 そういう言い方されると断れないんだがな。
「じゃ、考えとくよ。とにかく学校いこう」
 ん、そういえば、なんであかりは葵ちゃんのこと知ってんだ?

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