あかりの弁当をたいらげ、たまのキャンパスライフを満喫したオレは、せかされるように正門の前に出た。きょう一日の予定をソツなくこなしたオレは、そのままひとりで帰るつもりだったが、どうしてもというあかりの寄り道につきあわされることになったのだ。あかりは車道の前で立ち止まり、しきりと時計を気にしている。なにかを待っているような。
「はーい、ヒロ!」 ばふーんと下品な音を立ててやってきた赤い車の女が、その呼び名を口にした。そうか、胸騒ぎの原因はこれか。 「し、志保?てめえなんでこんなとこにいんだよ!」 長岡志保、このオレの天敵は、高校を卒業するといきなりジャーナリストになるとかほざいて姿を消した。あかりによると、ぼちぼちレポーターとして活躍しはじめた、ということだ。具体的になにやってるのかは知らないが、どうせあやしげなネタをばらまいて迷惑がられているに決まってる。 「あかりもひさしぶりだね。元気にしてた?」 「うん。志保もなんかすごいの乗ってるね」 髪や服もすごいことになってる。コワイお姉さんみたい。クソ、おまえがそんな格好しててもちっとも怖くないぞ。ていうか、そろそろヘソ出しには寒い季節だが。 「とにかく乗ってよ。ほら、ヒロもさっさと乗った乗った」 志保は挑発するようにぐっと突き出した親指で後席を指しオレをせかす。わざわざこれみよがしに学校に乗りつけてこなくたっていいじゃねえかよ。 「どうせコイツで人を追いまわして食いもんにしてんだろ」 リポーターなんてどうせみんなゲスな覗き見野郎だ。金のために平気で他人を傷つけて正義ヅラしてやがんだ。 「ふ、あいかわらずつっかかってくるわね、ヒロ。この志保ちゃんがいなくてそんなに寂しかった?」 志保のやつ、余裕ぶっこいてやがる。学生の身分としてはそのステータスに威圧される ―― 計算して煽っているに違いないヤツの態度がいまいましい。とかく虚栄心にかけては志保の右に出る者はないのだ ――― ってつまりオレのひねくれた妬みということでもあるのだが。 「浩之ちゃんも立ってないではやく乗ろうよ。うしろつかえてるみたいだし」 学校の前なので人通りは多い。不毛な言いあいを続けるのも恥さらしではある。この場はあかりに免じて屈辱に耐えるとするか。 「ねえ、これからどこにいくの?」 あかりは本当にうれしそうだ。どうやら口ゲンカするオレと志保のことを仲がいいと思っているらしいが、それは正しくはない。とくにオレがガラにもなく弱気になっているときには。こいつはそんなエモノを見逃したりはしない女なのだ。 「ま、ゆっくり話でもできるとこに行って落ち着こうか」 きょうはまっすぐ帰るつもりだったから持ちあわせがないぞ。 「ヤ、ヤックか?」 しまった。あせってバカなことを聞いてしまった。志保の目がキラーンと光った。 「ふふん、子供じゃあるまいし。あ、ヒロはまだお子ちゃまだっけ」 志保はあざけるような口調でオレのハートを逆撫でする。ミラー越しに軽蔑ビームが突き刺さったように感じた。どうもオレの方がつまらない劣等感からナーバスになっているだけのような気もするが、それではますますヤツの思うつぼである。 「きょうは志保がごちそうしてくれるんだって。よかったね浩之ちゃん」 あかりもよけいなこと言うんじゃねえ。あとでおぼえてろよ。 「へへーん、まかせといてよ」 志保は高らかに勝利を宣言した。きっと道すがらオレを叩きのめす作戦を練ってほくそえんでいたに違いない。せまくるしい後席に押し込められたオレの背中に冷たい汗が流れる。おい、ここって人間が乗るところか? 前に戻る | 次に進む |