Share Heart 04 : 志保ちゃんニュースの巻

「なんだよファミレスかよー」
 針のムシロを覚悟していたオレは安堵の息をついた。まあ、考えすぎだよな。
「べ、べつにいいじゃない。近かったんだし。なに期待してたのよ」
 逆にオレになめられたと感じた志保があせって言い訳をする。なんだ、あんまし変わってないか。
「それにしてもあんたたち、あいかわらずおしどり夫婦ね。いつまでたってもヒロはバカだし」
 バカってのもヒネリがないなあ。いいよバカで。
「おまえもプロになったわりには語彙が貧困だな」
 そうだ、あの頃のようにこの再会のひとときを楽しくすごせればそれでいい。しかしあかりは志保の言葉にうつむいてしまう。
「違うのよ志保、わたしたちそんなんじゃないの。浩之ちゃんには好きな人がいるの」
 あかり、なにをいきなり深刻ぶってんだよ。
「なあんだ、あかりとはくっつかなかったの。じゃ、あたしが食っちゃっててもよかったんだ。なーんてね」
「志保、てめえ冗談過ぎると本気で怒るぞ」
 オレはなにに怒ってるんだろう。思わせぶりな志保の下品な物言いに照れているからか、あかりを察したつもりのポーズでその場を繕っているのか、どっちにしても不快なものだ。
「誰?ねえ誰なの、白状しなさいよ、ヒロ」
 興味津々といった顔で志保が問いつめる。
「いいじゃねえかよ。少なくともおまえじゃねえよ」
「高校の先輩の、来栖川芹香さん」
 なんであかりが答えるんだろう。くそ、なんでオレは答えられなくなったんだろう。
「ふうん、あの来栖川のお嬢様かぁ。大それたことしたわね、あんたも」
 オレっていうちっぽけな存在が歓迎されないってことはわかっていた。ひと目会えるだけで、ほんのひとときをともに過ごすだけでいいと思っていた。その積み重ねは永遠につながっていくと自分勝手に思っていた。
「わかってるよ。いや、最近わかってきたのかな」
 会えない日々のうちにもオレの中の芹香の存在は大きくなっていく。けどそれが現在の彼女と同じものかどうか、ひょっとしたらどんどんズレていってるのではないか、ふとそんな不安がよぎる。オレだって毎日いろんなことがあって、毎日少しずつ変わっていく。たったひとつ変わらないのは芹香への想いだけだと思う。そのことをたがいに伝えあうことができないのは苦しかった。
「へえ、マジなの」
 ふん、と志保は小汚いシステム手帳を取り出してテーブルに投げ出す。随分と使い込まれたものらしく角の皮は剥げて、いくつものカラフルな付箋紙がはみ出している。
「来栖川といえば、あたしが今追っかけてるのも来栖川なのよ。綾香ってのが電撃入籍して、ちょっとした騒ぎになったの。知ってるでしょ」
 初耳だ。芹香はあまり家族のことを話さなかったし、綾香本人とは会う機会が少なかった。
「いや、知らない。みんな知ってることなのか?」
「そんなに大々的に報道されたわけじゃないけど、スポーツ新聞とかにはチラっと出たわよ」
 志保は手帳の黄色い付箋紙から新聞記事の切り抜きを開いた。
「だ、誰と」
 誰が、というよりどんなやつなら、あんなお嬢様と同じ世界にいられるのか興味がある。もちろんオレと芹香には直接関係はないのだが ―― いや、待て、ふたりきりの姉妹なんだから、大いに関係があるじゃないか。
「ほうら、やっぱりあんたも知りたいでしょ」
 志保はその欲求を認めることが正当な支払いであるかのように満足すると、手帳のメモを機械的に読み上げた。
「教えてあげるわ。会社員A氏、二十代前半。志保ちゃん情報によると、収入ふつう、容姿ふつう、学歴ふつう」
「それだけ?」
「まあ相手は一般人だし、プライバシーは完全に伏せられてるわね。あたしは資料見たことあるけど。ほんとにふつうの平凡な男なのよ。あんたみたいにね」
 オレは肩すかしにあったように息をついた。でも考えてみればそれって ――――
「あに安心してんの、あんたみたいなやつだったから騒ぎになったのよ。ちょっとしたアイドルだったし、試合を控えてたから大会関係者にとっても不謹慎だってことになったみたい。もちろん来栖川のお嬢様としてもね」
「だから?なんでオレにそんなこと話すわけ?」
「あんた最近芹香さんと会ってないでしょ。それでときどきくらーい顔するんだってさ。バッカじゃないの、あんたたち」
 ――― そうか、そういうことなのか。
「今、芹香さんの方はほとんど軟禁状態なの。どこにいくにもまわりは黒服の集団でかためられててあたしも本人にはうかつに近づけないのよ。学校は女子大だからそういうわけにもいかないみたいだけど。志保ちゃん極秘情報によるとね、来栖川も経営が傾いてきて、そこにもってきて跡継ぎ娘のスキャンダルでしょ。どうも入婿って線で近々決まるらしいわよ」
 志保はあっさりとオレに絶望的な宣告を言い渡した。それで、オレはなにができるんだろう。途方に暮れるだけなのだろうか。
「来週、芹香さんは学校に顔を出すはずよ。むりやり卒業させちゃうんでその手続きだってさ。場所と時間はここ。ラストチャンスかもね」
 ピン、とはじいてよこした名刺の裏には芹香のその日のスケジュールが書き込まれてあった。ゲンキンにもオレの頭の中ではすでに潜入計画のシミュレーションが走っている。以前は正面から入ろうとして追い出され、そこですぐあきらめてしまった。はじめから居場所がわかっているのならむりなことではない、一分でも芹香と直接会う時間がとれればそれでいい。
「どうしてオレにそこまで教えてくれるんだ?」
「ほんと、あかりのお人好しにもあきれちゃうわ。ま、あたしもいいかげんお人好しだけど」
 芹香に会える、それははかない祈りから一縷の希望に変わった ――― オレはいつだったか、最後に別れたときの芹香の表情を思い出しかねていた。彼女はどんな表情を見せてくれるだろう。それはオレにわかるんだろうか。

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