エクストリーム大会の日、結局オレはあかりをつれて応援にいった。それとなくあの雨の日のできごとを問うあかりに答えた。芹香には会えなかった、それは決してウソではなかった。
会場のドームは熱気を帯び、はやくもあちこちで怒号が渦巻いていた。テレビカメラを何台か見かけたが格闘専門の衛星放送のようだ。周囲のすべてが見知らぬ世界を意識させる。 もらったチケットのエリアからは、汗ばむ選手の肉体がすぐそこにあった。息遣いさえ聞こえてきそうだ。オレはあまりの迫力に呑まれかけていたが、あかりはふたり分のジュースとポップコーンを手に歓声を上げていた。 葵ちゃんの試合はすぐにはじまった。しばし牽制を交わし、もつれあい、倒れ込み、いつのまにか葵ちゃんは相手の腕をとって勝利を決めていた。ほんの一分少しのことだった。以前見た練習のときは単純にその拳や蹴りのスピードに驚いたが、本気で闘う葵ちゃんの動きはまるで死地に追い込まれたケモノのようだった。オレがイメージする人間はかよわくどんくさい動物だが、鍛えられた筋肉は信じられないほど俊敏で正確な動作を可能にする。常人と同じ世界、同じ時間の流れに身を置きながら、より深く世界を読みとり、より速く答えを返す。ゆったりとくすぶっているオレに比べれば、その姿はケタ違いの反応速度で爆発燃焼しているかのようにまぶしい閃光だった。 はからずも、葵ちゃんの二回戦の相手は、あの来栖川綾香だった。アヤカ、とだけ表示された掲示板を ―― 他にも似たような表記の選手は少なくないが ―― 見上げたまま、葵ちゃんはそのときを待ち受けていた。燃えるような眼光は、まっすぐ見据えられたら体がすくみ上がってしまいそうなほど恐ろしい。ふと、激しい憎しみによるものにも思えたが、それはオレの経験値によるものだ。互いに傷つけあう結果を忌避し続けるオレの世界の常識に。 試合は一瞬だった。オレには目の前で何が起きたのかまったく見えなかった。開始直後、鋭く踏み込む足音が鳴り響き、それと同時に、すでに昏倒している葵ちゃんの姿が目にとびこんできた。客席のスクリーンに映し出されたリプレイでもそれは同じ、いや、スローで再生されたスチルのいくつかは、かろうじて綾香の拳が葵ちゃんの左あごからフック気味に入る様子を捉えていた。カメラはみずからの無力を、文字通り吹き荒れた一陣の風で表現した。 葵ちゃんは起き上がることなくそのまま運ばれていく。かすかなどよめきの中にひとり残された綾香は、優雅な立ち姿から鋭く拳を突き上げ、会場中を割れるような喝采に変えてその身に浴びた。観客の確信に満ちた過剰な期待、十二分に応えた報酬としての惜しみない賞賛の嵐、すべては絶対的な強者に、世界は勝者のもの。 オレとあかりは葵ちゃんが運ばれていった医務室に走った。同じ高校のクラブの友人だという主張が容れられ、オレたちはあっさりと通された。チケットが来栖川の関係者向けのものだったせいもあるかもしれない。側で見守っていた道場の人によると、もうすぐ気がつくだろうということだった。道着の女性はオレの名前を知っていたようで、他の選手の試合も心配だからと、その場をオレたちに任せてくれた。 前に戻る | 次に進む |