ほどなくして葵ちゃんは目を覚ました。ベッドの上で視線をさまよわせながら、オレのうしろで半べそをかくあかりに目をとめると、大丈夫です、とだけつぶやいた。
医務室の担当医は、一応近くの病院にも連絡を入れているので、念のため立ち寄って検査だけ受けてから帰宅するようにと告げた。 その後も続いている綾香の試合は気がかりだったが ―― というより葵ちゃんにとっては見ておきたい試合なのではないかという考えが心をかすめたのだが ―― 口には出せず、病院に付き添うとだけ申し出ることにした。 検査の結果はとくに異常はなかった。少し遅くなりそうだったので先にあかりを家に帰し、オレはひとりで待っていた。診察室から出てきた葵ちゃんとオレは待合室で向かいあったままうつむいてしまった。なにも言うことはない、なにを言ってもしかたがない、でも、なにか言わなくちゃいけない ――― 「オレもきのう負けたよ。あ、いや、試合とかそういうんじゃないんだけど・・・どうしても欲しいものが目の前にあったのに手が届くこともなくて、負けちゃったんだ」 オレは芹香の前で叩き伏せられたことを思い出し、そのままを口にした。 「ゴメン、なんかそういうのと比べちゃ申し訳ないんだけどさ」 「今度は届きますよね」 「え?」 「先輩も、今度は欲しいものに手が届きますよ」 「葵ちゃん ・・・」 葵ちゃんは強いと思う、オレもそうなりたい、それは今のオレ自身の弱音でもあるし、現実に強くはないオレにとって都合のいい逃げ道をつくってしまう。それに葵ちゃんに対しては安易な慰めでもあると思う。 「葵ちゃん、輝いてたよ、マジで。カッコよかったぜ」 我ながらなんて陳腐な言い様だろうか。でも本当のことだ。 「先輩、わたしはもっと強くなりますよ」 そうか。うーん、でもこれって立場が逆なような気もする。 「なんか、応援しにきたオレの方が励まされちゃってるよな」 「わたしも、元気が出ました。きっと、先輩のおかげです」 オレと葵ちゃんはしばし沈黙し ――― 「やっほー、葵。元気?」 そのとき、病院に駆け込んできた女の能天気な声が静寂を破った。 「綾香さん!」 「・・・綾香って?」 前に戻る | 次に進む |