白のドレス、長いスカートの中央を縦に引き裂いたような大胆なスリットからチラリと内腿がのぞいている。その細やかな肌とやわらかなふくらみが、あの鋼鉄の凶器と同じものとは到底信じられない。
「どこ見てるのよ」 艶やかな黒髪がしっとりとぬれて病院の清潔な照明を映り込ませている。あまりにしなやかに流れる線は整った頭骨のカーブに沿って可憐なフォルムを浮き彫りにし ――― とくに後頭部がかわいい ――― 思わずぐりぐりしたくなる。う〜、ぐりぐり。 「なによ、その手つきは」 「いえ、なんでもないです」 ほんとにやったら殺される。こいつは姿かたちこそ似ているが芹香ではないのだ。禁断症状か、気をつけよう。 「綾香さん、試合は」 もう終わっている時間だ。葵ちゃんはしばらく気を失っていたのだが。 「サクサク勝ったわよ。今年はあんまり歯ごたえなかったけど」 「あああ ・・・ すみません」 なんだか葵ちゃんにとって酷な言葉のような。 「あら、どこかで見たと思ったら、姉さんに襲いかかろうとしてコテンパンにのされた男って、あなたでしょ」 もう知れ渡っているのか。こっそり隠れてたのは事実だから弁解しようがないが ・・・。 「綾香さん、コテンパンって死語です」 素直な葵ちゃんはそのままな指摘を口にする。オレも思ったが言わなかった。 「っさいわね、葵、あなたもいきなりバタンキューでのびてんじゃないわよ」 「ううう」 聞こえないように小声で「バタンキューって」とつぶやくのはなかなかの根性だが、さすがの葵ちゃんも容赦ない一言はこたえたようだ。うるうるきたところを見はからって、綾香がそっと手をさしのべて葵のアゴを撫でる。 「気合だけで勝敗が決まるなら今年の優勝は葵だったかもしれないけどね」 きびしい表情から一転してやさしげに目を細め、包み込まれるような声色に豹変する綾香。 「は?えーと」 「少し冷静に相手の動きを見ないと。目がマジだったからわたしもちょっとビビッたわよ。体の具合はもういいの?」 「わたしは、その、綾香さんとはじめて試合できるのがうれしくて・・・」 「あなたは、ちょっと疲れがたまってるくらいが気負いが抜けてちょうどいいのかもしれない。もし決勝でわたしとあたったのならもっと見せ場ができたわね」 素人考えでは、決勝まで体力を温存するために緒戦の決着をいそいだとも思われたが、どっちにしてもたいした自信発言だな。 「でもそれは、わたし、くじ運が・・・」 葵ちゃんにとってはそういう問題なのか。 「実績つくればそういう組み合わせになるの。次の試合が楽しみね」 綾香は楽器を奏でるようにあごの下へ添えた指を微妙に蠢かせ、葵ちゃんは耐え切れず甘い吐息をもらす。 「う、はい、がんばります」 なるほど、こういう関係なのか ――― いかんいかん、つい見とれてしまった。 「今夜はゆっくり休むといいわ。じゃあね、おやすみ」 指先で軽くひねっただけでくるりと回転させられる葵ちゃんの頭 ―― まるで溶けたガラス球のように真っ赤に灼熱して、今にもどろりと落ちそうである。 「・・・はぁ・・・あ、し、失礼しますぅ」 浮かれたように葵ちゃんはふらふらと病院を出ていった。血の巡りはよくなったみたいだが、ひとりで平気かな。 「ばいばーい、葵」 にかっ と笑みを浮かべてひらひらと手を振る ―― すごく楽しそうだ ―― 綾香は、葵ちゃんの姿が消えるやいなや、オレの方に向き直り、眉をつり上げてビシッと指さした。 前に戻る | 次に進む |